2016年01月08日

緩和ケア病棟へ転院

車は空いてて8時前に病院に着く。
病室に行くと母は起きて荷造りをしていた。
朝にA先生が来て、挨拶したとのこと。
着替えを手伝って、荷造りの続きをしていると、この先1週間分の薬と、市立病院への看護師間の申し送り状と会計書の後日発送の確認書を持ってこられる。
担当してくれた看護師さんが次々とお別れの挨拶に来てくれて、母は少し名残惜しそうで、遊びに来てねと言っていた。
勿論皆さん忙しい身だから来れないのは重々承知の上、笑顔で「うん、行くわ」と返してくれるのが嬉しかった。
最後に母は主治医の先生に会って挨拶をしたがっていたが、会うことは無かった。

1階からカートを持って来て荷物を全部載せて、10時前に病室を出て駐車場に向かう。
母はカートに寄りかかりながら、1年以上良く通ったね、もう来ることも無いねと感慨深げにゆっくり歩いて行く。
いつもの駐車場2階の障碍者用スペースに停めた車に荷物を載せ、母に車で待っててもらってカートを返しに行く。

10時過ぎに駐車場を出て家に向かう。
病院に行く前に一度家に寄ってケリーと三宝さんにご挨拶したいと言うので、一旦家に帰ることにする。
もうこの怖い4車線の有料道路を通わなくて良いかと思うと私もホッとする。
車は空いていて、40分ほどで家に到着したがすでに10時45分、10時半予定の入院手続きがあと20分ぐらい遅れると市立病院に連絡を入れておく。
ケリーの仏壇と三宝さんに手を合わせてから、庭の花のチェック、自室に上がって2枚ほど服をとってきて、何年かぶりに杖も持って病院に向けて出発。

駐車場が一杯で並んでいるため、玄関前に停めて受付にどうしたら良いか聞きに行く。
玄関横の障碍者用スペースに停める様言われて、鞄一つだけ持ってまず母を7階の緩和ケア病棟に連れて行く。
1階からエスカレーターで2階にあがり、長い廊下を付きあたりまで歩かなくてはいけないが、私につかまりながら杖を突き、左右にある食堂やコンビニ、各診療科を見ながら「きれいな所やね」と言いながらゆっくり歩いていく。
2階から7階までエレベーターで上がり、緩和ケアセクションに行くと、受け付けで看護師さんが待っていた。
歩けますか?車いすが要りますか?と聞かれ、母は車いすを希望したのでびっくりした。
ここまで歩いてくるだけで、そんなにしんどかった?
ホントに体力が無くなっているんだなとショックだった。

車いすに座らせてもらって良かった、一番奥の部屋まで結構遠かった。
面談の時に見せてもらった同じタイプの広い部屋で、明るいしきれいだと母もびっくりしてた。
が、一人で使うには広すぎるし寂しいし高いし、と葛藤はあるようだ。
無料の相部屋が空き次第、変わってもらえるように看護師さんに言っておいた。

さて、またここで新たな闘病生活が始まる。
できるだけの母のサポートをしていかねば。
少しでも早く家にも帰ってきてほしいから。


にほんブログ村


posted by おばちゃんの長女 at 23:57| Comment(1) | 病状経緯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月07日

転院先が決まる

朝、病院から電話があって、K病院の4人部屋に空きが出たから12日に入院可能と連絡が来る。
どうするか聞かれて、母は近くの市立病院のほうが希望なので、あとで病院に行った時に返事しますと答えておく。

ゴボウスープと七草玄米粥を作り、サーモスに詰めて2時過ぎに家を出る。
道は1キロ渋滞位しかなかったが、信号待ちとか、ちょっと前がつかえてノロノロ運転になると睡魔が襲ってきて、初めて居眠り運転してドキッとした。
今日の7時起きが堪えてる。

3時過ぎに病院に着いて、様子を聞くと、また下痢が続いていてしんどいとのこと。
ただ、癌の痛みのほうは2時間おきにオキノームを飲むことは無くなってきていると言う。
昨夜も夜中に痛みで起きることなく、6時のロキソニンまでオキノームは不要だったと言うので、ひょっとしてサプリが効いてきたのかと思う。
2日前くらいから、オキノームを飲む回数が減ってきたと思っていたと母も言い、サプリの効果かと嬉しくなる。
でも母はあれを飲むとすぐお腹が痛くなって下痢になると言い、それでも下痢止めでコントロールして飲み続けて欲しいと言っておく。

4時過ぎに看護師さんが、市立病院のほうも空いたから明日10時半に転院できると連絡があったと言いに来る。
有料個室しか空いていないが、はいって無料の部屋の空き待ちをしたほうが良いと言われて、K病院を断り、市立病院への転院手続きを進めてもらう。
早く空きが出たのは良かったけど、それにしても明日の朝に転院って急過ぎるよね。
せめて来週明けだと良いのに。
下痢も心配なので待ってもらえないか聞いたが無理だそうで、下痢止めを今日から飲んでおいて明日9時半にここを出ることになる。
また6時起きで迎えに来なければ。

妹にメール入れたら、あまりの急さにびっくりしてた。
さて、ここを出る際1ヶ月ちょっとの入院費は幾らくらいになるのだろうか?
手術も4回してるし、特別食が続いたから、今回は高いんじゃないだろうか。

6時に夕飯が来て、私も持ってきたお弁当をチンしてきて母と一緒に食べる。
母は七草玄米粥を美味しいと言って食べ、病院のおかずもほうれん草の煮びたしと鮭のチャンチャン焼きを少し食べた。

荷物の整理を簡単にしてから8時過ぎに病院を出る。
私は会社の上司に電話して状況を説明して、明日2時ごろの出勤になることを伝えておく。
気にしないでお母さんの事してあげてと言われて助かる。

転院が決まってにわかに慌ただしくなった。
明日朝早く起きて迎えに行くことになるので早めに寝る。


にほんブログ村
posted by おばちゃんの長女 at 23:58| Comment(0) | 病状経緯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月04日

絶たれた在宅看護

8時過ぎに起きて出かける準備。
玄米茶を温め、玄米がゆを仕上げてサーモスに詰めて、苺と一緒に持って出る。
10時30分ごろ病室に着くと、母が昨日38度越えの熱が出たと言う。
ほとんど何も食べられないし、オキノームも2時間もたなくなっていると言い、昨日の夜も9時のロキソニンを飲んだ後、2時に痛みで目が覚めてオキノーム、また4時に痛みで目が覚めてオキノーム、そして朝6時のロキソニン。
そして今、またオキノームの服用。
お腹の中でねじれるような押されるような痛みが常にあってしんどいと言う。

遂に母が日一日自分の命の火が消えていくような気がすると弱気なことを言い出して泣きそうになる。
さっき主治医の先生が様子を見に上がってきて、市立病院への転院を勧められたと言う。
母的にも、もう一人で家で過ごす自信が無いと言い、このお正月の帰宅でそれを実感したと言う。
もう少し動けると思ったこと、出来ると思っていたことが出来なくなっていてショックを受けたと言う。
庭での水遣りも、ジョーロに水を入れて立ち上がる時に立ちくらみがするし、足元がフラフラするし、こんなはずじゃ無かったのにと自分の体力の低下を実感したらしい。
大好きな花の手入れすらもまともに出来なくなっていることすら悲しいと。
思うように動けない歯がゆさと諦めが精神的にも母を追い詰めているようで辛くなる。

看護師さんが来て、明日のK病院との面談用の紹介状とCDを渡される。
主治医の先生に外来に呼ばれ、母の今後について話をされる。
今日顔を見に行ったけど、顔つきが明らかに変わってきて悪化してきているのが分かると言い、残された時間が長くないことを示唆される。

私たちが仕事の間、母が一人になるのであれば、このまま家に帰すことはできないと言われる。
今はちゃんと話せたり、自分でトイレに行ったり出来ているが、急に何が起こるか分からない状況になってきているので、一人で置いておくことは危険だと言われる。
私が介護休暇を取って付きっきりになれるのなら別だが、それも急には難しいだろうし、もし付きっきりでも病状が急変したときにすぐ対処できるよう、近くの市立病院に入院歴を作って置いたほうが良いと言われる。
まず転院で緩和ケア病棟に入ってから、調子が良いようであれば家に帰るよう外泊したり、一時退院するという形をとったほうが良いと言われる。
その病院を市立にするか、K病院にするかは、明日の面談の先生の印象で決めれば良いと言われ、いずれにしても自宅介護の道は無くなった。

そんなに悪化しているなんて。
どうしよう、こうなればできるだけ母に付いていてあげたいけど、会社に言って休職できるだろうか?
先生との予定外の面談で10分遅刻で出勤。

1時過ぎに母から電話あって、先生との面談がどうだったか聞かれる。
正直に、今の母だと家に一人にはできないので、明日K病院の面談をしてどちらかに決めて、まずは転院してから一時帰宅を考えたほうが良いと言われたことを伝えると、母も納得しているようで、じゃぁ明日K病院を見てきておいてと言われる。
母のか細い声、こんな声じゃ無かったのに。

6時前にまた母から電話があって、A先生に息子さんの写真を見せてもらって可愛かったと嬉しそうに言ってくる。
先生に似ていて、アンパンマンが大好きなやんちゃな坊やなんだって。
下痢も続いていたから、朝にA先生から下痢止めをもらって飲んでおさまったとのこと。
明日、妹も一緒に行った時に腫瘍の画像を見せてくれるとのこと。

帰り道、母とのそう長くない時間について考えると涙が出てくる。
最後の頼みのサプリは効いてくれないのだろうか。
お願い、神様!

玄関とベランダの水遣りをして、ゴミ出しをして着替えて降りる。
妹に主治医の先生の話を伝えて、自宅への帰宅が無理なこと、母の状況を言っておく。
暗い晩御飯になってしまった。


にほんブログ村
posted by おばちゃんの長女 at 23:58| Comment(0) | 病状経緯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。