2016年01月19日

謎の高熱

母の依頼で、母の競馬預金を全額おろして来る。
ボケ防止にも良いのよと、ここ10年ほどG1を中心に前日から真剣に予想を立てて、細々と賭けてはお小遣いを結構稼いでいた母。
母の最終勝金は10790円だった。
秋のG1以降、競馬をする元気はなかった。

家に帰って朝食を食べていたら母から電話で、朝方から震えが来て40度越えの高熱が出たと言う。
私たちが帰ってから2時間ほどよく眠れたあと、急に歯の根も合わないほどの震えと寒気で意識が錯乱したと言うから怖い。
解熱剤ももらい、先生にも診てもらって熱は下がったらしいが、急に何が起こったのか分からず不安になったという。
喉がやたら渇くから、カルピスオアシスと栄養ドリンクを何か持ってきてほしいと言われる。
兎に角頼まれたものを持って、スーパーでイチゴとR-1ドリンク、ラップ、晩御飯のお弁当を買ってから病院に妹と行く。

ベッドに横になっていた母の顔は赤く、少し浮腫んでいた。
熱は下がったがしんどくて起き上がれなかったと言いながら、ようやく起き上がってベッドに座る。
冷や汗で濡れて気持ち悪いから着替えたいと言うので、持ってきたパジャマに着替えさせる。

着替えられて気持ちいいと、少し顔が穏やかになる。

自分でも何が起こったのか分からないほどの寒気と震えで、慌ててナースコールのボタンも見つからず、ベッドからずり落ちたと言う。
相部屋に移ってから、個室に居た時ほど看護師さんが頻繁に見に来てくれないから心配だなぁ。

朝から何も食べていないと言うので、買ってきたイチゴを食べてもらう。
甘くて美味しいと、5粒食べる。
今日はホントに食欲が無くて、R-1のブルーベリーヨーグルトを半分とアミノバイタルを半分飲むのがやっと。

母にわらびもちを持ってきていたが、少し固くなっていたので、2口くらいしか食べれず。
キャラメルポップコーンとプレッツェルのほうが良いと、少し食べる。

帰る前に母がトイレに行くと言うので、一緒にトイレについて行く。
今日は立って入り口で見送ってくれる。

病院を出てからの寒さで目が覚め、帰宅してから植木に水をやろうとしたらベランダのジョーロに氷が張っていた。

あまりの寒さにお風呂を断念して、玄米粥と黒煎り玄米茶を作って寝る。


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posted by おばちゃんの長女 at 23:58| Comment(0) | イタイ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月21日

また手術

母は9時から胆汁を出す為にもう1本チューブを入れる手術だったそうで、その手術がめちゃくちゃ痛かったと衰弱状態だった。
部分麻酔だけで、中に針を刺されて探られるのが凄く痛くて、死にそうだったと言う。
そう訴える声も蚊が泣くような頼りなさで、聞き取るのがやっと。

可哀想な母、どうしてこんな痛い思いばかりしなきゃいけないんだろう。
痛さに耐えられず痛みどめばかりを飲んでいるから、吐き気で気分が悪いらしい。

手術でも体力を奪われていては、癌も悪化する一方なのではないだろうか...


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posted by おばちゃんの長女 at 23:57| Comment(2) | イタイ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月17日

ショックな現状

有休とって家の事と病院の為の一日。

玄米を30分煎って玄米スープを作って、玄米粥を作ってもって出る。
4時過ぎに病院に着くと母は寝ていた。

昨日の夜は痛みでよく眠れなかったとのこと。
声に元気が無い。
熱も出て、37度以上が続いていて、朝にようやく下がってきたらしい。
オキノームの飲みすぎで吐き気がきつくて気分が悪いと言う。
少しだけ玄米スープを飲んでもらい、また横になってしまう。

看護師さんから呼ばれ、地域連携課のカウンセラーと今後の転院先と自宅療養の際の訪問医の選択について話をする。
ホスピスのある病院が限られるので選ぶ余地は無く、市立病院と隣の市の病院を希望しておく。
訪問医としては近所のクリニックの先生が元この病院にいた人らしいので、こちらを当たってみるとのこと。

6時過ぎに夕飯を持ってこられるが、3分粥が300gとしろなの煮びたし、山芋と人参の煮物、ホッキガイの味噌煮とブドウのシロップ漬けだった。
お粥は塩気がまるでない分、煮物の味が結構濃いように思えた。
母には家で作ってきた玄米がゆを食べてもらい、おかずを一口二口ずつくらい食べる。
今日の玄米がゆは梅干しを少し入れてあるので、美味しいと言って食べてくれた。

あとはブドウを食べただけで、食欲は丸で無いようだ。
母が食べた分くらいの量のお粥を私が食べて減らしておく。
塩味が無いからまずい。

食後暫くしてから7時にオキシコンチンが来て飲む。
母は横になって、私はその横に座って、母が家に帰ってからの家の片付けについて話してると、主治医の先生が来てびっくりする。
「どう、調子は?」と聞かれて、母は「しんどいです」と返し、「食べれてる?」と聞かれてので私が痛みどめの量が増えて、その吐き気で食べれていないことを伝えると、「せっかく十二指腸を広げたのに残念だね」と言われる。
入院以降、主治医が初めて顔を見せたので、母が「放ったらかしでひどいわ」と冗談めかして言うと、外来も多く、入院希望者も多いのだがベッドが無いからよそに回している状態という。
その意味では主治医の指示で早めに病院に連れてきておいて良かったと思う。
もし1日遅かったら入院できないところだった

「年内はゆっくり入院して、年明けしっかりしてから退院したい」と母が言うと、「しっかりはしないかも知れない」と言われる。
「もう状況が違うから、家に帰るよりそのまま転院のほうが良い」と言われてショックを受ける。
「残念だけどね、もう前とは状況が違うんだよ。」と主治医。
胆汁を出す管も、直してしまうより、その母のほうが次に詰まった時に措置が取りやすいとも言われる。
管出したままで退院?
そんな。

やはり癌の広がる勢いと悪化がそれだけ早いということ?
このまま弱っていくしかないと?
あぁ、どうしよう。
また奈落の底に突き落とされたような気分で、2人とも落ち込む。

母も家に帰ってしたいこと、しておかないとと思っていることが一杯あるのに、それがあるから頑張って家に帰ろうとしてるのに何て希望の無いこと。
母は空元気で「頑張って帰ったるから」と言っていたが、また心が折れてしまったんではないかと悲しくなる。
来年の桜が咲くまでどころか、2月も危ういかのような宣告に背筋が冷たくなる。

看護師さんに温タオルをもらって顔を拭いてさっぱりしてから、8時半に病院を出る。
病室を出る前、母の痩せた手を握って「有難うね、車、気を付けて帰るのよ」と言われる。

車中ひとりで又泣けてくる。
どうしてこんなひどいことばかり母に起こるの?



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posted by おばちゃんの長女 at 23:57| Comment(0) | イタイ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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