2016年02月17日

終戦、そして永眠

2014年9月から始まった、母と膵臓がんとの壮絶な戦いが遂に終わりました。

2016年2月17日 午前7時26分 母はすべての苦しみから解放され、永遠に安らかな眠りにつきました。

残念ながら癌に完敗でしたが、最後まで母は私たちの為に必死に戦ってくれました。

そして私と妹とで母の手を握りながら、最期を看取ることができました。

よく頑張ってくれて有難う、母ちゃん、でも寂しいよう!



posted by おばちゃんの長女 at 23:58| Comment(19) | 緩和ケア病棟での闘病 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私の母も1週間前に同じく膵臓癌で世を去りました。闘病中は食べ物や治療法など長女さんのブログを随分と参考にさせていただきました。ありがとうございました。
お母さま、長女さん、妹さんそれぞれが精一杯頑張られている姿には本当に頭が下がる思いでした。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
Posted by みら at 2016年02月18日 11:14
長い癌との闘い、本当に辛かったことと思います。
今は安らかな眠りについてほしいですね。
故人のご冥福を心よりお祈り致します。

同じような病状、進行具合から心配しておりました。
ここ数日はご家族の方も気の休まる暇が無かったと思います。
そして、哀しみ…喪失感…自分の事のように想像出来ます。
母は今日も熱が出ています。
脱水なのに浮腫もあり、やはりかなり厳しい状況なのだと思います。
病気の進行のためか認知症が酷いので、ついつい苛々してしまうこともありますが、長女さんを見習って今は出来るだけ母に寄り添うようにしたいと思います。
Posted by T at 2016年02月18日 14:52
お辛い中、長女さん、妹さん、そしてお母様本当に頑張られました。最後まで諦めずガンと闘ったご家族に本当に私も勇気をもらいました。お母様はこんなに素晴らしいお嬢様達に囲まれて本当に幸せだったと思います。私もブログを見て涙が止まりませんでした。
心よりご冥福をお祈り致します。
Posted by いんこ at 2016年02月28日 17:38
みらさん、Tさん、いんこさん、皆さん母のために祈っていただき、本当に有難うございます。

癌との戦いが始まってからは辛いことばかりだったので、母がようやく安らかな眠りにつけたことを喜んであげなければならないのかもしれません。

それでも生きていて欲しかったって思う自己中な自分もいます。
どうしたらもっと長く一緒にいられただろうか、と詮無いことばかり思ってはまだ泣いてばかりです。

今闘病中の皆さんにはそんな後悔はできるだけして欲しくないので、「あの時ああしていれば」、そんなことにならないよう早めの決断、その為の相談を複数の医師にすることをおすすめします。
Posted by おばちゃんの長女 at 2016年02月29日 02:40
まだまだ哀しみが癒えない中、お辛いですね。

私の母も更に厳しい状況になり、体は痩せているのに腹水でお腹はパンパン、足も浮腫でパンパンです。
尿も利尿剤があまり効かなくなり、量も減り色も濃く戻りました。
痰はからんで、1日に何度も吸引。強引に口や鼻から吸引されるのがとても苦しそうです。
なるべく苦しみを少なく…とモルヒネを24時間投与していますが、少なめのため意識はあります。
日々弱る姿を見て、これ以上苦しませたくないという思いと、少しでも頑張ってほしいという願い…長女さんの気持ちが痛いほど分かります。
覚悟は出来ているつもりですが、やはり辛いですね。
急激に衰弱していく姿が辛くて見ていられない気持ちにもなります。
母がいつどうなるかと、不安でいたたまれません。

正直、病院選びや抗がん剤の使用など、あのときこうしていれば…という後悔はつきません。
良性と言われながら腫瘍が見つかって2年、悪性末期と突然奈落に落とされてから1年8ヶ月…母は本当に頑張りました。
最初の診断で悪性と分かっていれば…と思わない日はありません。
でも、過去は変えられないですものね。
母の寿命を縮めてしまった気がして後悔はつきませんが、今は側にいてこれ以上の後悔がないよう、そして少しでも母の苦しみがないように…と思っています。
Posted by T at 2016年02月29日 15:05
Tさんもお辛い状況なんですね。
本当に傍についていてあげる以外何もしてあげられないし、日に日に衰弱していくのが目に見えて分かるというのが一番辛いですよね。

それでもお母様が不安にならないよう傍にいて話しかけてあげるとか、優しく体をさすってあげるとか、せめても出来ることをして差し上げるしかないかと...

一緒に居られる貴重な時間を、悔いなく過ごされますよう、そしてお母様がこれ以上苦しまれることのないことをお祈りしております。
Posted by おばちゃんの長女 at 2016年03月02日 03:46
気持ちを分かっていただけることの心強さ感じます。
ありがとうございます。

母は本日ホスピスに転院しました。
元々治療がなくなる末期患者は病院では受け入れない所を、ホスピスの空きが出来るまで入院させてくれていたのです。
でも、出来るならあのまま入院していたかったです。
病院ではナースステーションの真ん前の個室に、監視カメラ、心電図、センサー等々看護師さんの対応が心強かったです。
ホスピスはやはり末期だからという対応がより強く、ひたすらモルヒネ…薬漬けで最期を待つように仕向けているとしか思えません。
家族が側にいなければ、急変しても誰も知らずに最期を迎えるのでは…と思えます。

延命治療はしなくても、出来うる処置をしてもらえればいいのに、自然に任せると聞こえはいいですが、なにもせず寿命を縮めている気がします。
ホスピスの医師からは転院初日の今日、後数日でしょうと余命宣告をされました。
何度も何度も余命を聞かされる家族の気持ち…同じ境遇の方しか理解出来ないでしょうね。
医師は仕事とはいえ、数ヶ月、年間に及ぶ家族の不安、恐怖、悲しみは決して理解してくれません。
ホスピスも病院によっては良い所もあるのでしょう。
でも、私的には麻薬を多量に使用し、プライバシーを守る言い訳に安心、安全さに欠け、莫大な費用がかかるのに、医療もサービスも病院から比べて質が落ちるとしか感じません。
少なくとも、私の不安や疲労は病院より増しました。
母にとって転院が悪く作用しないでほしいと願うばかりです…。
Posted by T at 2016年03月02日 16:22
Tさんの心労、体力的な面も懸念されますが、できるだけお母様のそばについていてあげる事ををお勧めします。

うちも緩和ケア病棟にうつると積極的な治療はしないとは聞いていましたが、特に無料の相部屋になってからは、痛みどめを時間に持ってくる以外、本当にこちらが言わないと何もしてくれません。
様子を見に来るのも1,2時間に1度程度。
心電図などつけてはくれませんので、誰も付いていないその間に何があっても分かりません。
母の衰弱が進み、ナースコールのボタンすら押せない状況になってからは、私が不安でつきっきりとなりました。
何をしてあげられる訳でもないので、ただ見守るのも辛いのですが、ふいに母が目を覚ました時に「大丈夫?」とか、「お水飲む?」とか聞いて上げていました。
お母さまが独りでは無いことを実感されるのは、心強く思われるかと存じます。

お母さまと一緒に頑張ってあげてください。


Posted by おばちゃんの長女 at 2016年03月03日 19:17
やはり同じですね。
こちらのホスピスでも心電図はつけていません。
病院での環境は伝えましたが、ホスピスは違うとばかりに放置です。
穏やかな最期にしたいのは否定しませんが、最期を早められているようで…。
モルヒネだけのために転院したのか、病院では受け入れられないから仕方ないなど何度も考えました。

病院にいた時は多少時間を空けても、設備の面ですぐ気付くので少しは安心でした。
こちらに来てからは離れている間が本当に不安です。
母もナースコールは押せませんから、ほぼ付きっきりになっています。
付き添いしているからなのか、部屋にもあまり来ませんよ。
本当に急変したら、知らぬ間に苦しんで最期を迎えることになりそうで、毎日恐怖で離れずにいます。
代わりがいないので、1人でかなりキツイですが、後数日と言われたので尚更です。

看護師が計測した血圧や酸素濃度をさりげなくチェックし、尿量を確認し怯える日々ですが、今日はまだ大丈夫だった…と繰り返しながら、見守っています。
母は認知症のせいか、家族以外の人を嫌がるので、余計心配ですし、側にいることで安心出来るなら頑張ろうと思います。

ホスピスのあり方、他に違う所もあるかもですが、知る限り極端過ぎるので、もう少し希望をとりいれて改善されてほしいですね。
今後利用される方達のためにも…。
Posted by T at 2016年03月03日 19:58
Tさんお一人での付き添いは大変かと存じます。
お母様の手を握りながらでも、眠れるときに眠ってくださいね。

私も眠り過ぎるのが恐くて、母の手を握ったまま横で座って寝ていました。(一度椅子から転げ落ちて母をびっくりさせてしまいました^^;)

体温や血圧のチェックで一喜一憂したり、夜12時を迎えるころに「今日まだ大丈夫だった」と思った頃がつい昨日のようです。
今でも病院に行けば母がいるような気がしています。

Tさんが今一緒に居られる幸せを、お母様と共有されていることは羨ましい限りです。

辛い現状でしょうが、今を大事にお過ごしください。

ホスピスに関しては、私立、公立病院によって多少の違いは有るかも知れませんが、ホント基本は痛みどめ以外何もしてくれません。
うちも十二指腸のステントが胃の中に脱落しているのが見つかっても、こちらが言わないと除去してくれませんでしたから、怒り心頭でしたね。
病院が積極的な処置をしてくれないのなら、こちらが積極的に要求を伝えないとダメなようです。
要求に対して拒否はされないと思いますので。
ただ、そういうことが最初からわかって入院するわけではないので、戸惑っている間に病状も悪化、衰弱、そしてさようなら、てパターンです。
家族の覚悟と勉強も必要と実感しました。
Posted by おばちゃんの長女 at 2016年03月05日 13:30
4日に腹水で心臓、肺が圧迫され、呼吸障害で苦しみ最期だろうと言われたので鎮静をしました。
その後持ち直し、薬を止めましたが意識は戻らず、今朝8時29分永眠しました。
最期は苦しみもあまりなく、あっという間の静かな最期でした。
4日に覚悟をしたこともあり、悲しくはありますが取り乱すことなく最期を迎えられました。
母の化粧も自分で行うけとが出来、穏やかなとても綺麗な顔でした。
まだ実感が少ないので、落ち着いたらじわじわ悲しみも増しそうですが、今は明後日の火葬まで、母との最期の時間を大切にしたいと思います。
Posted by T at 2016年03月08日 21:05
Tさん、お母様のご冥福を心よりお祈り致します。
お辛い闘病が終わって、徐々に穏やかなお顔になられたのでしょうね。
うちもそうでした。
母に最後の化粧をしてあげた後には、辛そうな眉間の皺も消えて、本当に安らかな眠りについたのだと思えて、悲しみとは違う涙が溢れてきました。

今にも起きてきそうな寝顔になられているのではないでしょうか、お母様。
だからよけいに哀しいんですけどね...
最後のお別れまで、いっぱい話しかけて、お母様との大切な時間をお過ごしくださいませ。
Posted by おばちゃんの長女 at 2016年03月09日 02:33
長女様
お体は壊されておりませんか。
私の母も先月から別の病気の術前検査ですい臓がんが見つかりました。膵尾部に23o、単純CTでは何も見つからなかったのにMRIで黒い影、造影剤でまだ小さくわかりづらいのですが恐らく悪性ではないかと。あまりの急展開に受け止めきれず高熱で私が寝込んでおります。母は来週から検査入院です。細胞診とpetで確定になるようです。まだ確定はしておりませんが覚悟をしています。本当に自覚症状もなく、たまたま見つかったようですがすい臓がんには早期はないと医者が言っており、今後どのようになるかとても不安です。
長女様のように頑張れるかとても不安ですが、何とか受け止めていきたいと思っています。
Posted by いんこ at 2016年03月09日 12:41
いんこさん、ご心配いただき有難うございます。
色々な手続き関係に忙殺されつつ、取りあえず49日の法要を終えるまではしっかりしていないとと思っています。
でも、あぁ何てこと、いんこさんのお母様まで膵臓がん?どうか悪性でないこと、もし悪性であっても切除が可能なことをお祈りします。
まずはいんこさんも早く体調を戻されて下さいね。
Posted by おばちゃんの長女 at 2016年03月10日 03:45
長女様、本当に返信ありがとうございます。
たまたま見つかったとはいいますが、まだ大きさも確定せずで気を揉みます。腫瘍マーカーも100ではありますが形からほぼ悪性だろうとのこと。来週からERCPのために入院です。PETもこれからです。こんなに症状もなく、こんな病気本当に見つかるのは難しいです。近所のまあまあ大きい病院ですがここでいいのか等悩みます。
この待つ時間が本当に辛いです。単純CTでは見つからないのではリスク覚悟で造影剤を半年ぐらいで撮らないと難しいと思います。
長女様もお辛いなかこんな報告でごめんなさい。胆石持ち、喫煙のハイリスクなのである意味仕方ない気はします。
また相談乗って頂くかもしれないです。
応援させて頂いていたのに本当に申し訳ないです。
Posted by いんこ at 2016年03月10日 20:40
全ての葬儀を終え、母と一緒に自宅に戻ってきました。
長い入院で自宅はほぼ放置していたので、仏壇の汚れを掃除してからの遺骨安置でした。
母は帰りたがっていたので、やっと一息つけたかもしれません。
役所関係の手続きがたくさん残っていますが、週明けでなくては出来ず、自宅の片付けと休息の2日間になりそうです。

時間が出来るとじわじわと寂しさが増し、何もないのに涙が出てきたり、頭痛も治まりません。
母の顔は本当に穏やかで、長女さんがおっしゃる通り、今にも起きてきそうな顔でした。
今もあの顔が度々目に浮かびます。

1人でいると沈みがちなため、初七日を終えたら早く仕事復帰した方がいいのかな…と生活もありますし思いましたが、母の忌明けまではゆっくり一緒にいるべきかと悩んでいるところです。
職場の都合もあるので、相談して決める予定ですが…。
本当に寂しくなるのは普段の生活に戻ってからと聞いてましたが、本当ですね。
長女さんも妹さんと助け合って頑張って下さいね。
Posted by T at 2016年03月12日 16:17
Tさんもお母様との最後のお別れを終えられたのですね。
お母様の居ないお家はさぞ寂しいものかとお察し致します。

役所の手続き関係や、カードや色々な登録の解約など、母が生きていたあらゆる証拠を消していくような辛い雑務をこなしています。

私は会社の都合ですぐに職場復帰しましたが、未だに仕事中に気を抜くとふいに涙が出てくることもあります。
母の居ない寂しさを忘れる時間を作るために仕事に集中している、その為に会社に行ってるって感じです。
そして帰り道で「もう急いで病院に行かなくていいんだ、もう母はいないんだ」と思うとまた泣けてきたり...

悲しみが癒されるのは日にち薬と言いますが、長くかかりそうです。
それも仕方ないことだと思って、まだ泣きたいときは泣いて、自分の中の気持ちを落ち着かせていくないかと。
私は霊感のかけらも持ち合わせていないので、母が傍についていてくれるとか、天から見守ってくれているとか思えないので、まだまだ心細さで一杯です。

Tさんも無理のないタイミングで職場復帰されて、泣きたいときは泣いて、何とか哀しみと現実生活との調整を取っていってくださいね。

うまく表現できなくて申し訳ないですが、お互いに母親の居ない生活に慣れていくしかないのか、と思っています。
頑張っていきましょうね。
Posted by おばちゃんの長女 at 2016年03月13日 03:28
長女様
お体いかがですか?妹様も大丈夫でしょうか。このようにコメントさせて頂くことお許し下さい。
母が膵尾部ガンステージ4bの余命半年と今日宣告を受けました。ERCPで急性膵炎を発症し弱っています。造影剤CTで見落としで肝転移が小さくあり一気に4bです。母に告げるのが辛いです。親戚もほとんどおらず回りの御近所さんに支えて頂いています。
母と行けるところまで頑張ります。本当にお辛い中、ごめんなさい。
Posted by いんこ at 2016年03月18日 21:51
いんこさん、厳しく辛い結果に私もショックを受けております。
まったく、何で膵臓がんってこんなに発見が遅れてしまう厄介な癌なんでしょう!

完治も望めないのに、辛い副作用のある抗がん剤治療に耐えていかないと進行は早いという過酷な現実。
どうかお母様には副作用が最小限の抗がん剤治療でありますように、と願わずにはいられません。

お辛いでしょうが、いんこさんがしっかりお母様をサポートしてあげて下さいね。
ここで宜しければ、いつでも泣き言など吐き出してくださいね。
Posted by おばちゃんの長女 at 2016年03月19日 00:41
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