2016年02月17日

終戦、そして永眠

2014年9月から始まった、母と膵臓がんとの壮絶な戦いが遂に終わりました。

2016年2月17日 午前7時26分 母はすべての苦しみから解放され、永遠に安らかな眠りにつきました。

残念ながら癌に完敗でしたが、最後まで母は私たちの為に必死に戦ってくれました。

そして私と妹とで母の手を握りながら、最期を看取ることができました。

よく頑張ってくれて有難う、母ちゃん、でも寂しいよう!



posted by おばちゃんの長女 at 23:58| Comment(19) | 緩和ケア病棟での闘病 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

辛い最期

1時前に妹がまた母が震えてると言う。
口元がガクガクしているが、母に聞いても寒くは無いという。
また妹が母の背中に温熱パットを当ててやっている。
手足も冷たい。

そのまま4時まで寝てしまい、また母の震えがきつくなってきたというので私も母の足先を温めてやるが、しんどそうになっていくばかり。
母はしんどそうに寝返りをうつ。

6時ごろから呼吸が荒くなってきたのでナースコールする。
鼻からの酸素吸入を始める。
指先の酸素濃度が低くなっている。
暫くして少し息が静かになったので様子を見るよう言われるが、段々と苦しそうになる母。
母の目じりから涙が出てきていて拭いてあげながら、妹と必死に母に声をかける。

7時前に再度様子を見に来た看護士さんも、ベッドを起こしたり、声をかけたりするが、どんどん息が荒く苦しそうに口を開けて肩で息をする。
「母ちゃん、しっかり」と声をかけるが意識が飛んでいる感じで返事をしてくれない。
急に眼を見開いたりするが、私達を見てはいない。
ああ、どうしよう、母ちゃん!

急に息が止まる。
「母ちゃん、母ちゃん」と声をかけたら一度息をし出したが、またすぐ止まってしまった。
「いやーーー、母ちゃん、息して、母ちゃん、かぁちゃん、息してーーー、いかないで」、と握った手をゆすっても反応が無くなった。
苦しそうに口を開けたまま、母は逝ってしまった。
7時25分かと思ったが、26分と妹は言う。
妹と二人、母の手を握ったまま泣き崩れる。
母ちゃぁーーーーん、いやーーーーー。

ケリーのように眠ったまま静かに逝きたいと言っていたのに、そうは逝けなかった母、可哀そうに最後まで苦しんで...
もう「お疲れ様、最後までがんばってくれて有難う」としか言えない。
8時過ぎに主治医が来て死亡を確認する。
母が握った手を離せず、泣き続けるだけだった。


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posted by おばちゃんの長女 at 10:38| Comment(0) | 緩和ケア病棟での闘病 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月16日

話もできず

12時過ぎに母にトイレに行こうと言うが行きたくないと言う。
妹が「母が震えてる」と言うので、見ると口元がガクガクしている。
寒いのか聞いても寒くないと言うが、妹が背中に温熱パットをあててやっている。
手足も冷たいので足先を手で温めてやる。
暫くして母の震えが止まった。
最近布団も着たがらないで寝ているので、足元だけ膝かけをかけてやっておく。

8時過ぎに主治医が回診に来た時に、妹が母の震えのことを言って、体温調整ができていないんじゃないかと聞くが、そんなことは無いと言われる。
体温も低くは無いが、寝ているときに口元がガクガクしたり体がピクピクしたりする。
妹がひっきりなしに背中に温熱パットをあててやっているが、熱いと言って嫌がる。

何度も寝返りをうちながらしんどそうに寝てる母。
薬の時以外、水分も取らない。
アミノバイタルを2,3口飲んでくれる程度。
妹に任せて、私は11時過ぎに家に帰ってお風呂にはいる。
2時過ぎに病院に帰ると、母は下半身を洗われていた。
また胆管チューブの出ている所からガーゼに液漏れしていたので替えてもらう。

妹が洗濯しに帰りたいと言うので、3時過ぎに家に連れて帰って病院に戻る。
母が目を覚ました時に、目薬を入れて目ヤニを取ってやり、顔を拭いて化粧水を塗ってあげる。
育毛トニックを頭にも塗ってあげる。
後頭部を塗る時は頭を浮かせてくれ、気持ちいい?と聞いたら頷いた。

6時前に妹から電話があって急に生理になって腹痛で動けなかったから遅くなったとのこと。
家に迎えに行って、スーパーに寄って晩御飯を買ってから病院に戻る。
母は寝ていた。
今日もほとんど寝てばかりで、何も話してくれない。

8時の薬を飲ませるとき、ストローの水が吸えず、吸い口で飲ませる。
アミノバイタルを2,3口、押し出して飲ませる。
昨日1日トイレに行っていないから、行こうと誘うが行かないと言う。
大丈夫なんだろうか?
いよいよなのか?
http://palliative.web.fc2.com/
このサイトを見てから、トイレに行かないことがこわい。

買ってきたお弁当で晩御飯、ロールケーキでデザートにするが、母は寝たまま。
お茶に付き合ってくれることもなくなってどれくらいになるだろう。
さびしいyo...

12時前くらいからソファでウトウト。


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2016年02月15日

肝臓から液漏れ

2時過ぎに目を覚ますと、妹が車いすを持ってきていて、母がトイレに車いすで行くという。
手伝ってベッドから車いすに座らせてトイレに連れていく途中で、夜勤の看護師さんにあってトイレまでついてきてもらって手伝ってもらう。
初車いすでのトイレ、曲がる角度、停める位置がなかなか難しい。

パンツをおろすと尿漏れがあったので、替えのパンツを取りに戻る。
用を達して紙パンツを履きかえさせて再び車いすに座らせる。
病室に戻ってベッドに座り直すところまで看護師さんに手伝ってもらって母を寝かせる。
今日も付き添いで泊まることを伝えておく。

歯を磨いて、ソファで仮眠。
妹が出勤前にお風呂に入って頭を洗いたいと言うので、6時半に家に連れて帰る。
私はすぐに病院に戻る。

8時過ぎに先生たちの回診、お決まりの「気分はどうですか?」と聞くだけの顔見世興行。
主治医が後でまた来ますと言って出ていく。
9時過ぎにお風呂の日だけどどうしますか?と看護師さんに聞かれたが母は断る。
体だけ拭きましょうか?と聞かれて頷く。
午後からしてもらうようお願いしておく。

主治医が診に来て、再度調子を聞かれる。
お腹は痛くないがしんどいと訴える。
腹水の漏れ、お腹の張りも無いので、いつも通りの処方で様子を見ましょうとのこと。
ソファで日記を書きながらウトウトしてる。
10時過ぎに心理カウンセラーさんが覗きに来て、ちょうど目を覚ましていた母に少し話かけをする。
「良いお嬢さんね、もう仲良くなったのよ」
「久しぶりにお会いできて良かったわ」
「応援してるからね」などと言う言葉に母は頷く。

デイルームでカウンセラーさんと少し話をして、神戸の病院で腹水カートの件がダメだったこと、肝臓がかなり悪くてしんどいんだってこと、主治医からあと数日だと言われたことを話す。
「そうか、辛いね」と同情的。
「最初会った時から話てくれたけど、長女さんがいたから生きてこれたっておっしゃっていたからずっと一緒に居られてよかったのよ」と言われる。
「結婚してたら居て欲しい時に一緒に居られないでしょ」と言われる。

15分ほど話して病室に戻って母を見ると、パジャマのお腹の部分に緑のシミが広がっている。
慌ててパジャマをめくると、胆管チューブを覆ったガーゼに緑の液がかなり漏れ出てきていた。
ナースコールで看護士さんを呼んで見てもらい、ガーゼを交換してもらう。
ついでに陰部を洗ってもらって、体を簡単に拭いてパジャマを着替え、シーツを敷きかえてもらう。
チューブからまた廃液を外に出すか、あとで先生に指示を仰ぐとのこと。(今外来診療中とのこと)
肝臓の悪化がひどくなったのだろうか?

1時過ぎに廃液バッグを持って看護士さんが来て、胆管チューブからの廃液を開始する。
なぜ漏れがひどくなってきたか、その説明は無かった。

インスタントコーヒーをいれて、妹が買っておいてくれたサンドイッチとパンで昼食をとる。
日記を書きながらウトウトしてしまう。
4時半過ぎに頼んであった口腔ケアの先生が歯磨きに来てくれる。
始め母は嫌がったが、寝てて口を開けるだけだからと言ってケアを受けてもらう。
15分ほどかけて歯と舌をきれいにしてくれる。
マウスジェルを塗って完成、母はまた眠ってしまった。

8時過ぎに妹から電話があって、駅に迎えに行く。
ただいま、と妹が母に声をかけて起こすが、少し目を開けて頷くだけで又すぐ目を閉じてしまう。
妹はお昼を食べたのが5時だったからそんなにお腹が空いていないと言い、食事はもっと後に食べることにする。
10時過ぎに妹の買ってきたオムライスで晩御飯にする。
その後テレビを見ながら転寝。


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2016年02月14日

衰弱激しく

1時半ごろ目を覚ましたら妹が母をトイレに誘っているところだった。
昨日も丸1日行っていないから、今日こそ行ってもらわないと。
ようやく行く気になってくれたので、ベッドを起こして母を座らせ、スリッパをはかせて立たせる。
今日はすんなり1回で立ち上がれ、後ろから支えつつトイレまでゆっくり摺り足で歩いて行った。
パンツをおろして便座に座らせてドアを閉める。
いつもより早く尿を出す音が聞こえてホッとする。
尿の色は相変わらず麦茶のような茶色。
パンツを上げて手洗いに連れてって手を洗わせる。
ソープのところに自分で手を出すことができなくなってきた。
後ろから抱えるように支えながら病室に戻る。

今日も洗面台の前に立つ余力無く、椅子に座らせてモンダミンでクチュクチュさせておく。
ベッドのマットを真っ直ぐに敷き直して母を寝かせる。
今日も付き添いで泊まると看護士さんに言って、妹をソファで寝かせる。
私は椅子に座って日記を書きながら母の様子を見ている。
昨晩ほど頻繁に起きて寝苦しさを訴えることは無かった。

6時半に妹を連れて家に帰り、顔を洗ってメイクをし直し、着替えて8時前に病院に戻る。
病室に戻るとピンクのヨガマットがはずされて、丸めて椅子の上に置いてあった。
母に「無いほうが良いの?」と聞くと頷いたので、そのまま寝かせておく。

回診も無く、出勤のため10時半に病院を出る際に受付に3時過ぎまで母が一人になるから宜しくと伝えておく。
雨がやんで生ぬるい天気。
出勤のため駅までダッシュして電車の中で大汗かくほどの暖かさ。

残業となったため、家に着いたのが11時前、病院に着いたら11時過ぎになった。
すごい強風で、歩くのも大変。
何だ、この異常気象。

遅めの晩御飯を妹と食べる。
3時から付いていてくれた妹が、母は今日もイチゴの先端を1個分食べたと言うが、ますます衰弱が激しい。
寝てばかりの母、会話は全くなくなってしまった。

食後、妹にウーロン茶をいれてもらうが、又寝てしまう。


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2016年02月13日

トイレに行かない

起こされたのが2時で、私が寝てしまったせいで妹に晩御飯を食べそこなったと言われる。

トイレに行こうと母に言うが、行きたくないと拒否。
何度もベッドの角度調整をさせられ、寝やすい体勢を探すが、どうも今一しっくりこないらしく、寝返りを打ちながらうだうだしている母。
今日は不安だから居て欲しいと言われ、二人とも病院に泊まることになる。

朝まで1時間おきにベッド調整しながら母の横についている。
6時40分に病院を出て、一旦妹を家に送る。(出勤準備のため)
妹は2時まで会社、私も楽なズボンに履き替えて再び病院へ。

8時過ぎに朝の痛み止めを飲ませてから10時過ぎまで良く寝ている。
11時過ぎに車の入れ直しに行く時には良い天気で、気温も高く16度となっている。
帰ったら看護師さんが回診に来ていて、手足が冷たいと言うと体温が35.9度だという。
昨日は35.6度だった。
血圧は100と72で普段とそう変りないらしい。
足先が冷たいので、足元に温熱パットを敷いて足を乗せておく。

1時過ぎに起こしたらR1ドリンクを1本とアミノバイタルを少し飲んでくれ、12時に飲めなかった胃薬もナースコールで持ってきてもらって飲ませておく。
3時前に妹から電話があって、駅まで妹を迎えに行く。
雨が結構降ってきていた。
病院に戻って妹と軽食をとる。
食後は妹と交互に転寝しながら母を見ているが、ずっと寝たまま。

8時の薬の時間前に起こしておいて痛み止めを飲ませておく。
その後少し起きていて、アミノバイタルを少し飲み、お見舞いにもらったイチゴを小さく切って口に入れてやると食べてくれた。
先っぽの甘い所を1個分食べた。

10時過ぎに夜食を食べた後、夜のニュースを見ながら転寝。
ソファに横になって寝たら、と妹に言われてソファで即落ち。


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2016年02月12日

あと数日

1時過ぎにトイレに連れていく。
歩くのも足を摺ってゆっくりだが、ちゃんと自分で前に進めている。
パンツをおろして便座に座らせてドアを閉めると、暫くしてから尿が出す音がしてくる。
やはり濃い茶色の尿。
便座から立ちあがらせてパンツを上げてあげる。

病室に戻って来るのがやっとで、ベッドに座って今日もモンダミンだけで洗口を済ませる。

ベッドの寝姿勢を調整して、帰っても大丈夫か聞いて1時半過ぎに病室を出る。

2時前に帰宅して玄関の植木の水やりをしておく。

1月の入院費の請求書が来ていたので、母のカードで払おうと思うが、母も覚えていない暗証番号を調べるのに家探し。
暗証番号の通知表を探し出すのに時間がかかった。

5時に寝て8時半過ぎに起き、9時から宅配の再配達2件を待っている。
9時半にヤマトが旧友からのお見舞い品を持ってくる。
そごうの包みの果物の詰め合わせ。
立派なイチゴ(あまおう)が入っていたので、さっそく4粒ほど洗って持って行くことに。
1個味見したが、甘くておいしい。
これなら母も妹も食べてくれるかな。

10時半過ぎにゆうパックでイマークが届く。
これは次回便を遅らせるか止めてしまわないとな。
もう母飲めないし。

病室に行くと母は起きていて、さっき先生の回診の時に何か言われたらしいが、よくわからないと言う。
しゃべれないから後で娘さんに言うと言っていたと、か細い声で言う。

1時前に主治医が入ってきて、今日腹水を少し抜きましょうかと言われる。
様子見で1リットルだけでも抜いてみましょうとのこと。
1時半か2時から処置すると言うので、私が2時過ぎに出ないといけないので1時半からにしてもらう。

腹水を抜くのは病室でできるらしく、看護士さん2人と先生が来て用意を始める。
母はベッドに寝た母で、まずエコーで腹水の状態を見る。
大分と溜まっているので3リットルぐらい抜いても大丈夫そうと言うが、今回はまず1リットルにしておきましょうとなる。

針を刺すところは退室させられ、処置が出来てから再び呼ばれて入ると、母のお腹からチューブが出て、黄色い液体が床に置かれた入れ物に溜まって行っていた。
黄色いのは炎症があるからだそうだ。
チューブを刺してからは1リットルの腹水を抜くのに10分もかからず、チューブを抜いても液漏れが無かったので絆創膏を貼るだけで処置完了。
これで様子を見ましょうと言われて先生が出ていく。

パンパンに張っていたお腹がすこしタプタプと柔らかくなった。
母のお腹は干からびたように白い粉がふいていた。
乾燥しているからと言われ、保水ローションを看護士さんに渡して塗っておいてもらう。
腹水を抜いた母の感想は、そう楽になったという実感は無いらしいが、少しお腹が軽くなった気がするという。
そりゃそうだ、約1キロ軽くなったんだから。

一度出て行った主治医に呼ばれて廊下に出ると、「3日ぶりに見るけど相当弱ってきてるね。これはもう数日かも知れない」と言われる。
覚悟を決めておけと言外に念を押される。

あぁ、神様。
母の残り時間はそんなに短いのですか!?
ショック過ぎてその場では涙も出てこない。
あと数日という言葉だけが、意味をなさずにグルグル回っている。

母は疲れて寝てしまっていたので、2時20分に受付に1時間ほど一人になるからとお願いして病院を出る。

慌てて出かける準備をして4時出勤。
社長に事情を言って、明日と月曜日を休ませてもらう。
念のため日曜の準備について引き継ぎをしておく。
明日以降の準備と、ブログのアップをして、8時半に会社を出る。

家に帰ってから旧友にお礼の電話を入れておく。
あと数日と言われたから、母とラストスパートを頑張ると。

10時過ぎに病院につくと、母はベッドを立てて座っていた。
腹水を抜いたからなのか、座っていても大丈夫という。
妹が泣いて母にまた怒られたと言っている。

母がしんどそうに寝ている姿を見ていると、何もしてあげられないのが悲しくなって泣いてしまうのだと言う。
そうだよね。

妹が11時前に紅茶を入れてくれたが、眠すぎてソファに横になった瞬間寝てしまった。


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2016年02月11日

叔母たちのお見舞い

午前1時過ぎ、母を起こしてトイレに連れて行く。
立ち上がるのも歩くのも更にゆっくり、大変になってきて、今日はトイレから病室に戻ったら洗面台の前に立つ余力が無かった。
歯が磨けないので、ベッドに座らせて、モンダミンだけでクチュクチュしておいてもらう。

しんどい、と言いながら横になり、ベッドの角度の微調整にうるさくなってきた。

1時40分ごろ、私と妹は病院を出て帰宅。
玄関と庭の植木に水やりをしておく。

8時半に起きて、9時過ぎに家を出てまずドラッグストアへ。
ティッシュペーパー、飲料を買ってから郵便局本局に郵便物を取りに行く。
休日だけあって5,6人待ちの列ができていた。
15分程度かかって郵便物を受け取り10時前に病院へ。
母は上半身のベッドを立ち上がらせて座ったまま寝ていた。

10時過ぎに看護師さんが来てお風呂に入るか聞かれ、ベッドまま入れてもらうことにする。
10時半にお風呂の用意ができたと看護士さんが迎えに来る。
着替えとタオル類を渡してお願いする。
母がお風呂に行っている間に部屋の掃除も来て、11時過ぎに母が戻ってくる。
顔に化粧水、頭に育毛トニックを塗ってあげると、今日は意識ハッキリ気持ちよかったと言っている。
疲れたのか、そのまま寝てしまう。

私がお昼御飯を食べていたら、1時前に叔母から電話があって、これから母のお見舞いに来ると言う。
車で病院を出て最寄駅に迎えに行くが、祝日で車が多く、結構時間がかかって焦った。
2人の叔母とその旦那さんまで一緒だったのでびっくり。
言っといてよ。

母の様子を聞かれて、更に悪くなっているから話せるかどうかわからないと言っておく。
病室に入って母を見ると、先月からの変わりようにやはり3人ともショックだったようだ。
蚊の泣くような声で挨拶する母に、しっかりせなあかんよ、と励まされる。

叔母たちに飲み物を出して、腹水のカートの件の説明をし、これまでの経緯を書いた病状報告書と血液検査の結果を見せてびっくりされる。
叔母も、ここまで肝臓の数値が高ければしんどいだろうと同情的。
そして先がそう長くないことも察したようだ。

叔母たちは私と母を励ましつつ、2時間近くいたが、母はずっと寝ていた。
帰りがけに母を起こして挨拶し、上の叔母の事も気にしていた。(乳癌の手術直後で抗癌剤治療中)
来週また来ると叔母は言ってくれるが、叔母も副作用が心配。
叔母たちを駅まで送って病院にとんぼ返り。
8時前に再度妹を駅に迎えに行く。
妹の買ってきた弁当と叔母にもらった差し入れのサンドイッチで夕飯を済ませる。

今日も母は食べ物を口にせず、アミノバイタルを数口飲んだだけ。
何も食べてくれなくて心配。
点滴もしていないから、体力は無くなっていくばかりなのではないだろうか。
本当に「あと数日」なんだろうか...
泣いてもしょうがないのは分かっていても、ひとりになると涙が止まらない。


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2016年02月10日

母が母で無くなってきた

1時過ぎ、母を起こしてトイレに連れて行こうとするが、なかなか行くと言わず、2時前になってようやく起きあがってくれた。
やはり立ち上がらせるのも2人がかりで大変。
後ろから両脇から持ちあげるように支えてトイレまでゆっくり歩いていく。
便座に座らせてから1分以上たってから尿が出す音がしてくる。
やはり濃い茶色の尿。
便座から立ちあがらせてパンツを上げてあげる。

病室に戻って洗面台の前に立たせて歯を磨く。
昨日より更に磨く時間が短く、後ろのソファに座わりこんでしまう。
妹が母の歯に歯垢がかなり付いてきていると言い、つまようじで取ってやっている。
かなりひどく付いている所もあると言うので、明日口腔ケアをお願いすることにする。
虫歯無く全部自分の歯と言うのが自慢で、歯に歯垢なんて付けるどころか、磨きすぎで歯茎を傷つけていると歯医者に注意されていた母が。
ショックだった。
やはり母が母で無くなってきている。

ソファから立ち上がらせ、ベッドまでの4,5歩を歩かせてベッドに座らせると「しんど」と言って大きなため息。
ゆっくり足を上げてやって寝かせる。

明日又来るからね、と手を握って2時過ぎにバイバイする。
母の手は冷たく、握り返してもくれない。

夜気の冷たさが心まで冷たくするようだ。
洗濯をしてから4時過ぎにお風呂に入って6時前にベッドに入る。

8時過ぎに起きて9時前に妹と病院へ。
お早うと声をかけても目を少し開けるだけで、すぐ寝てしまう。

今日も目を覚ましてはしんどいと言って寝返りをうっている。
10時半に出勤のため私は病院を出て、車を置きに家に帰る。
休みの妹に後を任せる。

8時半に会社を出て10時前に病院に着く。

今日母は口腔ケアを受けて、歯垢をあらかた取ってもらったと妹が言う。
口を開けて寝ることが多いので、乾燥防止のためmouth gelというのを買って塗ってあげるようにと試供品をもらっていた。

妹が「トリミングもしておいた」と母の鼻毛と口髭を処理してくれたとのこと。

また、東京の叔母から電話があったそうなので掛け直してみると明日来るとのこと。
もう前みたいに話せないからショックを受けるだろうな。

今日も母は何も食べなかったが、いつもよりはアミノバイタルやペムパルのコーンスープを飲んでくれたらしい。


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2016年02月09日

セカンドオピニオンの結果

1時過ぎ、母を起こしてトイレに連れていくが、ますます立ち上がるのも2人がかりで大変になってきた。
後ろから両脇を支えてトイレまでゆっくり歩いていく。
便座に座らせてから1分以上たってから尿が出す音がしてくる。
やはり濃い茶色のおしっこ。

病室に戻って洗面台の前に立たせて歯を磨く。
いつもより磨く時間が短く、立っているのが限界らしく、後ろのソファに座らせて最後のモンダミンはコップに吐き出させる。

このソファから立ち上がらせるのが大変で、妹と二人でお尻の下から手を入れて力一杯持ちあげてやる。
1回目失敗で、2回目に立ちあがれてベッドまでの4,5歩を歩かせてベッドに座らせて、足を上げてやって寝かせる。

明日又来るからね、と手を握ってバイバイする。
母の手が冷たい。
母は昨日より更にか細い声で「気をつけて帰りや」と見送ってくれるが、もう手を振ってはくれなかった。

駐車場までの寒い道のり、妹に明日一緒に神戸の病院に説明を聞きに行くか聞いたが、3時間以上母が一人になるから残ると言う。

また車のフロントガラスが凍結していた。


8時に起きて9時5分に妹と病院到着。
母に眠れたか聞くと、頷く。
すぐに寝てしまい、1時間おきぐらいにしんどいと言いながら寝返りをうつ。

10時過ぎに回診で、体温36.7度、血圧110・60で異常なし。

12時過ぎ、あとを妹に任せてM病院に向かう。
ポンコツナビ通りに行ってみるが、前もって調べた道通り行かず、高速も違う出口で降りようとするので無視して目的出口まで行って降りる。
取りあえずは病院にすぐ到着。
裏のタイムスに停めて病院受付へ。

看護師の聞きとりから20分以上待たされて診察室へ。
担当の先生はHPの写真通りの人で、人当たりのいい第1印象。
CART, KM-CARTについて一通り説明され、これで30分、そこから母の病状とCT画像から適用可能か先生の見解を聞く。

画像を見る限り腹水は今すぐ抜かないといけないくらい溜まっては居ない。
それよりも血液検査の肝臓の数値を見てギリギリだなぁと言われる。
総ビリルビン数が5以上だとKM-CARTはできないらしいが、母の数値は2月3日が5.1、6日が4.4。
ギリギリできないでも無いが、しても1回だけになるだろうし、腹水を抜いたから食事ができるようになるとは思えないと言われる。

本来2週間に1回の割合で抜くとのこと。
その為に2泊3日の入院が必要だが、そのたびに転院してくることが可能なのか、転院で体力を落とすという懸念もあると言う。
それ位肝臓の悪化がひどくなっているから、KM-CARTのメリットが活かせないだろうとのこと。(ろ過した栄養素を体に戻した際に黄疸がでるかもしれないらしい)

γ-GTが299(1/13)→563(1/21)→679(2/3)→835(2/8) と恐ろしい数値となっている現状。
すい臓がんより肝不全で死んでしまうのではないだろうか。

これだけ肝臓が悪ければ、当然全身の倦怠感、しんどさは半端ないし、腹水を抜いたからといって楽になるものでは無いだろうとのこと。
このしんどさを少しでも楽にするのにステロイド剤が使われるが、それもすぐに慣れて効かなくなり、あとは眠らせて(意識を無くさせる)しまうしかないと言わる。
結果としてKM-CARTはしないほうが良いとのこと。

腹水は本人が苦しいと言えば、今の病院で少しずつ抜いてもらえば、とのこと。
主治医の先生は緩和ケアの分野では第1人者だし、と言われびっくりするが、そうらしいので、指示に従えばと言われる。

万事休す。
もう母を少しでも良くしてあげる方法が何も無いなんて。
横で黙って衰弱していく母を見守るしかないの?

転院のリスクは考えたので、少しホッとした半面、絶望感もわいてくる。

主治医に返事を書くからと20分ほど待合室で待たされる。
1時間15分のセカンドオピニオン、料金は16200円だった。(途中先生は時間関係なく料金かからないから、って言ったくせに)
おまけにタイムスの駐車場料金精算の際に、病院でもらったカードを入れなかったせいで1200円もとられて自己嫌悪。
帰り道はポンコツナビのおかげで阪神高速の最短乗り口を逃すし。

病院に戻ったのが4時過ぎになったので、妹に電話して下のコンビニに来てもらい、晩御飯を一緒に買って上がる。

妹にセカンドオピニオンの結果を説明して、肝臓がかなり悪いことをわからせる。
肝臓に転移したのが致命的だった。

母があんなに嫌がっていたし、結果全く効果の無かったアブラキサンより、TS-1とジェムザールを続けていたほうが良かったのではないかと今更ながら悔やまれる。
勿論、効かなくなってきていたTS-1とジェムザールを併せた所で、その結果は遅かれ早かれ肝臓への転移だったかも知れないが、少なくともあんなひどい脱毛で母の心を傷つけることは無かったのにと思う。
ごめんね、母ちゃん。
せめて元通りに髪が生えそろうまで生きていてほしいよう。
ここ1ヶ月で髪はすごく生えてきているから、まだ生命力はあると思うんだけど...

今日も1日母は何も食べることなく寝てばかりだった。
アミノバイタルを2,3口を2,3回口にする程度で、栄養状況は極めて悪いが、ブドウ糖の点滴をしたところでガンのえさになるだけだと言われた。

母の目から生気が無くなってきていて、話をしても目も合わせなくなってきている。
だんだんと母が母で無くなってきているのが怖い。


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