2015年12月31日

年末一時帰宅

9時過ぎに家を出て母を迎えに病院へ。
道路はすいていて40分かからずに到着。

母は痛み止めが切れてきていて、10時のオキノームを飲んで痛みがおさまるのを待つ。
看護師さんが帰宅時の薬一式を持ってきて、説明を聞いておく。
母のお腹の痛みがおさまってから頭を洗いに行く。
頭を洗ってすっきりしてから着替えて11時20分に病室を出る。

駐車場まで歩いて、さっそくしんどそうだった母は後ろ座席に乗った。
車中もしんどそうで、黙って目を閉じていたので心配になった。
帰りに寄りたいと言っていた年越し蕎麦を食べられるだろうか?

蕎麦屋に向けて曲がるところで声をかけて寄るか聞くと、行くと言うので店前の駐車場に停める。
12時10分前の丁度お昼時で、お客さん一杯の順番待ちとなっていた。
3組待ちで、10分ほど待ってテーブル席に案内される。
私は鍋焼きうどんが食べたかったが、ここで年越しそばを食べておくと言うので3人とも年越しそばを注文。

待っている間、母が気分が悪くなってきたと言うので車から薬を取って来て、吐き気止を飲ませておく。
天ぷらとお蕎麦が別皿に盛ってあったので良かった。(天ぷらで油っぽくなると食べられないので)
お蕎麦を小皿に取り分けてあげて、衣をはがしたエビ天と一緒に食べる母。
最初は美味しいと言って食べていたが、やはり食べて暫くすると辛くなるようで、小皿2回分くらいしか食べれず、残り2/3は私と妹で食べることに。
冷たいお水が飲みたいと言うので貰って、食後の薬を飲ませて少し休んでから店を出る。

26日ぶりの我が家に帰って、玄関の花がまだきれいに咲いているのを喜んでいた。
枯れさせないように、私が毎日せっせと水遣りしてるからね。

やはり病院と違って家は室内が寒いので、母の部屋の遠赤ヒーターと、台所の石油ファンヒーターを入れて温める。
この温度差で風邪をひかないよう注意してもらわねば。

簡単に荷物の整理をしてから、ダイニングの母の定位置に座ってお茶をする。
そこから庭の花も見えるので、枯れていないかチェックされる。
こちらもきれいに咲いているのでご満悦の様子。
ケリーのいない今、花のことが気がかりの一つとなっているので、こっちも枯れさせないよう必死で水遣りしてるんだから。

2時のロキソニンを飲ませた後、母は少し寝たいと言うので自室に連れて上がって寝かせる。
5時過ぎに一度トイレとオキノームを飲みに降りてきたが、その後7時ごろまで起きて来ず、久しぶりの自分のベッドで、静かで暗いから良く眠れたらしい。

玄米がゆを作って食べさせ、夜の薬を飲ませる。
その後はリクライニングチェアーでガキ使を一緒に見て年越し。

初めてデジカメのセルフタイマーを使って親子三人の年越し写真を撮ったよ。
思い出づくりみたいで嫌だけど、撮っておかないと後悔するだろうなと思って。
これまではデジカメで撮るのはケリーばっかりだったから、3人で撮った写真何てここ数十年のは無いんだよね。

髪がフサフサできれいだった頃の母と、もっと一緒に撮っておけば良かったのに、って思っても後の祭り。
まさかこんな事になるなんて思いもしなかったからね。

空元気で「今年も一緒に頑張ろう」と3人で手を握る。
どんなに頑張っても癌には勝てないのが悔しいんだけど、出来る限り抵抗してやる。

膵臓がんと宣告されてから1年6ヶ月。
一応無事に母と今年一年を終えられたことに感謝。


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2015年12月28日

ポートの入れ替え手術と外泊許可

今日から妹は仕事休み。
私は出勤前にお粥を持って病院に寄って行く。

9時から10時半でポートの入れ替え手術が終わっていた。
右の古いポートを取り出す時が痛かったらしい。
肉の巻きついている所を切り離す時に激痛が走ったと言い、様子を聞いているだけで痛くなる。
左に新しいポートを埋め込んだとのこと。
左右に大きな絆創膏が張られていて、どちらもまだ凄く痛いらしい。
可哀想に、母はずっと痛みに耐えることばかり。

母はちょうど病院の昼食を食べるところで、お膳の前に座っていた。
持ってきた玄米粥を入れて、おかずの大根の田楽やほうれん草の煮びたしを少しずつと一緒に食べてもらう。

昨日持ってきてたお粥はほぼ全部食べて黒焼き玄米茶も全部飲んでくれていたので嬉しかった。
残りの玄米茶を持ってくれば良かった。
暫くしてから苺を勧めたら食べてくれ、その後すぐ便意を催したと言うのでトイレについていく。
5分ほどかけて「出た」とすっきりした感じでトイレから出てきた母。
まだ色は白っぽいらしいが、4日ぶりに全部出た感じでスッとしたと言う。
お腹の張った感じが無くなったらしく、良かった。

あとで妹がくるからと、母の手を握ってバイバイして2時半に病室を出て、私は出勤。

夕方からお見舞いに行った妹が、母の肝臓から出ているチューブを途中で止めて、廃液バッグが外れ、点滴も終わったので、煩わしい点滴台からは解放されたと報告してくれた。
また、年末31日から2日まで外泊許可がおりたとのこと。
お正月は3人で家で過ごせる。

昨日から冷え込んで寒い我が家。
母が帰ってきた時、耐えられるか心配になる。
寒いトイレに足元ヒーターを置こうか。(会社のを一つ持って帰って来よう)



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2015年12月24日

家族でイブ

妹とともに有休を取って病院はしごの日。
まずは3時に地元市立病院で、緩和ケア病棟入院のための面談。

玄米粥とポルチーニのリゾットを作って詰め、母へのクリスマスプレゼントも持って、3時ちょうどに市立病院に着く。
ケアマネージャーさんが待っていて、受付を済ませて緩和ケア病棟に案内される。

担当の先生に、膵臓がんは急激に悪くなると早いので、なるべく早い転院を勧められる。
ただ、今空いているのが1日1万円もする個室なので、まずは家に連れて帰りたいと思う。

40分ほどの面談に費用が5400円。
癌難民は良いカモだね。

そのまま母の病院に向かうが、渋滞が8キロで、病院に着いたのが5時20分過ぎとなってしまった。
母は昨夜からひどい水便の下痢をしているとのことで、看護師さんに下痢止めを持ってきてもらうよう頼んでおく。

デイルームで親子3人ささやかなイブの晩餐。
母はお粥を磯自慢と一緒に美味しいと食べてくれ、ポルチーニのリゾットも3口くらい美味しいと食べてくれた。
カマンベールチーズ1キレをプレミアムクラッカーと一緒に食べ、オレンジやグレープフルーツ、キウィのカットフルーツも結構食べてくれた。

食事中に主治医が別件で上がって来ていたついでに声をかけてくれ、チーズも食べてえらいねと言われる。
いつもより多く食べて心配したが、私たちが帰るまで不調は訴えなかった。

病室に戻ってプレゼントを渡す。
ケリーのオリジナル切手シートとストラップ、姫川薬石のプレートをあげる。
案の定ケリーの切手を一番喜んでくれた。
妹からはミンクのグレーの毛皮のあったかそうな帽子。
母はもったいながっていたが、妹はこれを被ってお出かけするんだよと強気アピール。
涙ぐんで有難うと言う母の痩せた体が痛々しい。

多分これが家族で過ごす最後のクリスマスなんだろうか。
これを強調するみたいで「一緒に写真を」が言えなかった。
が、帰ってこれを後悔。
母の動画とかも撮っておいたほうが良いのかなぁ?

親子3人で過ごす穏やかな時間が名残惜しく、8時半まで居て病院を出る。
母と予約しに行ったサーティワンのクリスマスアイスを、帰りに取って帰る。

妹と、昨日作って置いたローストビーフを切り、野菜の付け合せと塩バターパンで2人でディナー。
ローストビーフは美味しく出来てケリーにもお供え。
去年は母もケリーも一緒にケンタッキーのパーティバーレルを食べてたかと思うと、なんかわびしいね。



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2015年12月21日

また手術

母は9時から胆汁を出す為にもう1本チューブを入れる手術だったそうで、その手術がめちゃくちゃ痛かったと衰弱状態だった。
部分麻酔だけで、中に針を刺されて探られるのが凄く痛くて、死にそうだったと言う。
そう訴える声も蚊が泣くような頼りなさで、聞き取るのがやっと。

可哀想な母、どうしてこんな痛い思いばかりしなきゃいけないんだろう。
痛さに耐えられず痛みどめばかりを飲んでいるから、吐き気で気分が悪いらしい。

手術でも体力を奪われていては、癌も悪化する一方なのではないだろうか...


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2015年12月19日

洗髪して思う事

出勤前に玄米粥を持って病院に寄って行く。

月曜朝にまた胆管の手術をすると言われたと母。
黄疸の引くのが遅いので、もう一本管を入れるそうな。

頭を洗って欲しいと言うので、洗髪用の洗面台に行って頭を洗ってあげる。
シャワーがついていて洗いやすかった。
母もさっぱりしたと、嬉しそうだった。

早く髪が生えてくれば良いのに。
アブラキサンを止めてから、早くても2か月後くらいしか生えてはこないらしい。
あと1ヶ月、せめて髪が元に戻るくらいまで元気でいてほしい。

髪が抜けただけでなく、まゆ毛もまつ毛もまだ抜け続けている状態。
なのに癌には全然効果が無いなんて。
アブラキサンって一体...


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2015年12月17日

ショックな現状

有休とって家の事と病院の為の一日。

玄米を30分煎って玄米スープを作って、玄米粥を作ってもって出る。
4時過ぎに病院に着くと母は寝ていた。

昨日の夜は痛みでよく眠れなかったとのこと。
声に元気が無い。
熱も出て、37度以上が続いていて、朝にようやく下がってきたらしい。
オキノームの飲みすぎで吐き気がきつくて気分が悪いと言う。
少しだけ玄米スープを飲んでもらい、また横になってしまう。

看護師さんから呼ばれ、地域連携課のカウンセラーと今後の転院先と自宅療養の際の訪問医の選択について話をする。
ホスピスのある病院が限られるので選ぶ余地は無く、市立病院と隣の市の病院を希望しておく。
訪問医としては近所のクリニックの先生が元この病院にいた人らしいので、こちらを当たってみるとのこと。

6時過ぎに夕飯を持ってこられるが、3分粥が300gとしろなの煮びたし、山芋と人参の煮物、ホッキガイの味噌煮とブドウのシロップ漬けだった。
お粥は塩気がまるでない分、煮物の味が結構濃いように思えた。
母には家で作ってきた玄米がゆを食べてもらい、おかずを一口二口ずつくらい食べる。
今日の玄米がゆは梅干しを少し入れてあるので、美味しいと言って食べてくれた。

あとはブドウを食べただけで、食欲は丸で無いようだ。
母が食べた分くらいの量のお粥を私が食べて減らしておく。
塩味が無いからまずい。

食後暫くしてから7時にオキシコンチンが来て飲む。
母は横になって、私はその横に座って、母が家に帰ってからの家の片付けについて話してると、主治医の先生が来てびっくりする。
「どう、調子は?」と聞かれて、母は「しんどいです」と返し、「食べれてる?」と聞かれてので私が痛みどめの量が増えて、その吐き気で食べれていないことを伝えると、「せっかく十二指腸を広げたのに残念だね」と言われる。
入院以降、主治医が初めて顔を見せたので、母が「放ったらかしでひどいわ」と冗談めかして言うと、外来も多く、入院希望者も多いのだがベッドが無いからよそに回している状態という。
その意味では主治医の指示で早めに病院に連れてきておいて良かったと思う。
もし1日遅かったら入院できないところだった

「年内はゆっくり入院して、年明けしっかりしてから退院したい」と母が言うと、「しっかりはしないかも知れない」と言われる。
「もう状況が違うから、家に帰るよりそのまま転院のほうが良い」と言われてショックを受ける。
「残念だけどね、もう前とは状況が違うんだよ。」と主治医。
胆汁を出す管も、直してしまうより、その母のほうが次に詰まった時に措置が取りやすいとも言われる。
管出したままで退院?
そんな。

やはり癌の広がる勢いと悪化がそれだけ早いということ?
このまま弱っていくしかないと?
あぁ、どうしよう。
また奈落の底に突き落とされたような気分で、2人とも落ち込む。

母も家に帰ってしたいこと、しておかないとと思っていることが一杯あるのに、それがあるから頑張って家に帰ろうとしてるのに何て希望の無いこと。
母は空元気で「頑張って帰ったるから」と言っていたが、また心が折れてしまったんではないかと悲しくなる。
来年の桜が咲くまでどころか、2月も危ういかのような宣告に背筋が冷たくなる。

看護師さんに温タオルをもらって顔を拭いてさっぱりしてから、8時半に病院を出る。
病室を出る前、母の痩せた手を握って「有難うね、車、気を付けて帰るのよ」と言われる。

車中ひとりで又泣けてくる。
どうしてこんなひどいことばかり母に起こるの?



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2015年12月14日

内視鏡的十二指腸ステンティング

出掛ける用意をしていたら、大阪ガスの点検が来て15分ロスする。
12時にはいくつもりが、12時20分過ぎに病院到着。
母は寝ていて、介護認定の人が2時に来るからと伝えて、その後に十二指腸のステントを入れる手術となったらしい。

2時少し前に介護認定の人が病室に来て、母に次々質問をしていく。
認知症の症状が無いかも確かめているようで、時間や曜日や場所の質問もされていた。
一通り本人への質問が終わってから、看護師さんと一緒に別室に移って、今の病状、状況などを更に詳しく質問されて、フォームを埋めていく。
このやり取りが結構時間がかかって、この間に母は手術にはいっていた。

1時間後に病室に戻ると、母はまだ手術中でベッドが空だった。
本を読みながら待っていると、4時前にストレッチャーに乗せられて母が戻ってくる。
やはり十二指腸のステントを入れるだけの手術で、胆管ステントの入れ替えはしなかったとのこと。
まだ麻酔が切れていない状態で朦朧としているが、意識はあるようだ。
40分ほどして意識がはっきりしてきた。
痛みはさほど無いようで、暫くすると普通に話せるようになってきた。

また暫く続く絶食の点滴生活。
食欲は無いだろうが、全く何も食べられないは可哀想。
早く口から食事がとれるまで回復して欲しい。


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2015年12月11日

絶食で体重増加

9時に起きて、着替えてきてから、〇×の介護センターに問い合わせの電話を入れたが、人手不足で断られる。
△〇ケアセンターのほうに電話して15日にケアマネージャの手配が出来るか問い合わせ、返事をファックスしてもらっておくよう頼んでおく。

化粧して、出かける準備ができてから、玄米と玄米粉で重湯を作っていると、母から電話がかかってきて「日曜まで絶食だから、重湯や梅干しなんかはまだ持ってこなくていい」と言われる。
昨日洗濯したタオルと下着とパジャマ、頼まれた目薬とまつ毛の薬、箸とスプーンを持って11時に出かける。

病院に着いたのが12時過ぎで、隣の人がまだ病室を出る用意の為にバタバタしていた。
昨日はロキソニンが良く効いて眠れたとのこと。
今朝の体重測定で1キロ増えていてびっくりしたという。
ずっと絶食で、点滴だけで体重増えるの?

隣の人が退院して行ってから、掃除の人がバタバタ片づけ始めたので、母とデイルームに行く。
デイルームのほうは、これから入院の人の家族とかで一杯で座るところが無かったので、セクション向こうのデイルームに行って座る。
此方は空いていて、母は懐かしそうにしていた。
去年の9月と10月はこっちに入院してたからね。
顔なじみの看護師さんを探していたが、見つからなかった。
常に交代となっているのかな。

母のためのサプリも揃ったから、妹が手ぐすね引いて待ってるよと言うと、母は「頑張る」と前向きな姿勢だったのでホッとする。
今日は昨日より少し肌の黄色みが取れてきているようだ。
出ている液の色が、緑から黄色っぽくなっていて、これが黄金色っぽくなれば良いとのこと。

少し調子が良さそうなので、セルフタイマーで母との2ショットを撮っておく。
あまり毎回撮るのは要らぬ不安を与えそうで嫌なのだが、1枚でも多く母の元気な姿を撮っておきたい。

20分ほど話してからトイレに連れて行って、病室に戻るとベッドの位置が変わっていてびっくり。
カーテン開けたら別の入院患者さんと家族が先生の説明を受けている所で、室内表を見直したら窓際に替わっていた。
やっと窓側ベッドに移れて、母は喜んでいた。

その後私は午後から出勤して仕事、帰りにケリーに供える花を買って帰る。
妹に母の様子を伝えて、ブドウ糖の点滴で体重が増えていたことを言うと、「ブドウ糖じゃなくてたんぱく質の点滴をして欲しい」と言っていた。
せっかく絶食でガンの餌になる糖質をカットしてるのに、と愚痴っている。
それにしても日曜から6日目となる絶食で、よく耐えられるよなと心配になる。

溜まっていたレシートを、母の代わりに家計簿に付けていく。
これからはこんな事もしなきゃいけないんだ...。


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2015年12月10日

術後の痛み

寝たのは6時半だが、10時に起きて母の荷物を受け取る。
こんな事になるとは思っていなかったので、母はまた帽子とマフラーのセットを通販で買ってたらしい。

12時前に母に電話すると、あれから傷口の痛みがきつくなってきて寝れなかったらしい。
まだ絶食だし、雨も降ってきてるので別に来なくて良いよと言われるが、そういうわけにはいかない。
事故の影響で、9キロ渋滞のノロノロ運転で時間がかかり、病院に着いたのが5時過ぎとなる。

母はハンカチを目にのせて寝ていたが、すぐに気が付いた。
まだ顔色は黄色みがかっていた。
昨夜は痛くて眠れなかったと、かなりしんどそうだった。
今日は強めのロキソニンをもらっても少し眠れたと。
痛みの冷や汗で気持ち悪かったので、今朝看護師さんに体を拭いてもらって、パジャマを着替えさせてもらってさっぱりしたと喜んでいた。

点滴をしながら、母のお腹からはチューブが出て廃液袋につながっていて、胆管からの排泄液の色がこげ茶から深緑になってきて、良い兆候とのこと。
液と一緒に色々な滓が出て来たらしい。
これからはあまり繊維質が残るようなものは食べてはいけないそうだ。

痛みで眠れなかったのに加えて、隣のおばさんが大きな音を立てて荷物の出し入れをしたり、バリバリ袋をあけて食べ物を食べたりの音が気に障ってイライラしたと愚痴ってたら、そのお隣さんに看護師さんが明日退院の話をしに来ていたので、母はほっとしていた。
相部屋だから多少の事は仕方がないが、並はずれて無神経な人が一緒の部屋になると大いに迷惑で、精神衛生上良くないよね。
あと1日の我慢、頑張れ ぉかぁちゃん。

担当の看護師さんに呼び止められ、主治医から、今後の転院や看取りの場所を決める様言われている件について決まったか聞かれる。
これから地元のケアマネージャーを決めてからになるが、実際どうすれば良いか迷っていることを伝えると、病院での相談も受け付けるから予約を取るよう言われる。
来週にでも看護師さんから予約を取ってもらうようお願いしておく。
「看取りの場所」って...
やはりもうそんなことを考えて準備しなくてはいけない状況なの?
涙が出てきて、慌ててトイレに駆け込んだ。
気持ちと顔を整えてから病室に戻る。

これからの様子を見てからだが、来週明け位に十二指腸ステントの手術をするとのこと。
又痛い思いをするけど、十二指腸にステントを入れて胆管のステント交換が出来れば、今出てるチューブをはずせるよね。
母の希望ではクリスマス前に退院したいと言っているが、どうだろうか。
勿論私たちも、家で一緒にクリスマスをしたいけれど。
もしかしたら母と過ごす最後のクリスマスになるかも知れないから。

母の手を握って、また明日、出勤前に来るからと言って7時過ぎに病院を出る。

行きと違って順調に帰って来れたが、ひとり車中不安で一杯になる。

「看取りの場所」
この言葉が現実味の無い不快な不安を掻き立てる。


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2015年12月09日

終わっていた経皮経肝胆道ドレナージ(PTBD)手術

妹が会社休みなので、母のお見舞いに行ってもらうことにして、私は出勤の日。
仕事中に携帯の留守電に介護保険の認定の件について電話があったので、市役所の番号を聞こうと家(妹)に電話したら、母から午前中に経皮経肝胆道ドレナージ(PTBD)手術が済んだと聞かされる。
早くに済ませてくれたのは有難いが、いきなりの話で付き添いもできず母に申し訳なかった。
チューブの出てる傷口が痛いけど大丈夫だそうだ。
母に「ゆっくり来たら良い」と言われたそうなので夕方にお見舞いに行く と妹。

市役所に電話して、認定の面談について聞く。
ケアマネージャーは、もらったリストからこちらで選んで今後の状態に合わせてするべきことを進めておくよう言われる。(って言われても...どうすれば良いんだか)

6時過ぎに妹から電話があり、母が替わって状況を教えてくれた。
部分麻酔での手術で、傷口は少し痛いが、ロキソニンで痛みは抑えているらしい。
トマトの皮や柿の繊維が詰まっていたようで、チューブから出てきているとの事。
今後は繊維質の多い食べ物はダメで、消化の良いものにしなければいけないそうだ。
声は案外元気そうで良かった。

明日お見舞いに行く時は梅干とカブのお漬物と、蜆の佃煮を持ってきて欲しいと言われたので、玄米の重湯と一緒に持って行くことに。
千鳥饅頭も1個欲しい と言っていたが、それは妹に却下されたと。
少しでも食べる気が戻ってきて嬉しい。


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